トマトは永遠のライバル

岡山県在住。うどんにコロッケを浮かべて食べています。日常や本、ムービーのことを書いています。

2024年4月29日(月)岡山に引っ越して五年くらい。国際芸術祭とか


 こんにちは、ここで書くのは久しぶりになりました。

 別府から岡山にUターンして五年以上過ぎました。今は岡山市に住んでいて、住んでいると岡山県庁がいつのまにかピカピカに改装されていて、市役所も新庁舎を建設していて、新しい市民劇場にはなぜかデカいマンションを併設して人をぶち込んで、そんでハイブロウなアート作品も点在させてあって、岡山駅も改装するついでに路面電車を延長させて駅にぶっ刺す計画もあったりするもんだから、「これを東宝の特撮に頼んでミニチュアにしてゴジラなんかにぶっ壊してもらえたら、きっとスペクタクルになるだろうなあ」とはまさか思っていないでしょうが、関わっている偉い“オヤジ”はあともう一歩でそうなりかねないところにまで来かかっているのではと、傍目で見ながら考えています。
 市民会館はなくなったけど、変わる新しい公共ホールが完成して良かったなーと思います、今度五月に演劇を見に行く予定で楽しみです。

 

 一方、津山市をはじめとする岡山県北では国際芸術祭の会場にロックオンされていて、その名前も「森の芸術祭」というシティの“オヤジ”が考えたとしか思えないタイトルになっていて、いつの間にか作品設置場所も決まっていて、シティ職員が当日運営のための地元ボランティアを必死でかき集めているけど、ジーチャンが山で採ってきたタケノコとバーチャンが土手で採ってきたワラビを食べて大きくなった県北のオヤジたちは「有名な作家さんが来て作品をここに作るらしいけど、まあワシにはようわからんけん」とボサーとなにも考えていないので、職員は「県北民にはアートの感度がないのかよォ」とボランティア人員が集まらない状況を嘆いているのでした。・・・というのは私の勝手な妄想なのですが、ジーチャンが掘ってきたタケノコとバーチャンが採ってきたワラビを食べて大きくなったオヤジたちは現在スーパーでタケノコの惣菜を買ってきて「明日もお勤めですワイ」と言いながら晩酌して次の日の仕事に備えているし、オヤジの子どもたちはシティに憧れて既に外に出ていってしまっているので、長期休みが少ない時期にまとまった時間を持って来る人も少ないだろうなあと、これは誰しも大体予想できるのではないかと思います。クルマがないと会場に行くの難しいから地元の大学生も配置しずらそうですし。

 

 この芸術祭自体が岡山県の観光の観点から出発した事業と聞いていて、「事業」という名目も平たく言うと「商売」みたいなもんなので、お客さんをたくさん連れて儲けないといけないから、このあたりがコケたら「やっぱり県北はこれが限界っすわ」と県のスタンスとして表明されてしまうと、県北も失敗体験として傷ついてしまいそうだなと、その手のひら返しが心配です。芸術祭を構想したシティの“オヤジ”たち自体は住んでない町だから関係ないのかもしれないのですが、生まれ育った町で大きな頓挫として報道されたら私はすっごい嫌だなと、どうなるかわからないのですが既にソワソワしてしまっています。

 

 とはいいながら地元で芸術祭が行われるのは単純にうれしかったりするので(ディレクターもすごい人だし・・・)、これが良い形で成功して、県北にファンが増えて継続開催してくれたらと願っているし、関わった作家もどんどん有名になってほしいので、私もボランティア登録して関わりたいなあと考えているところです。ですが週休二日のボランティア人員も事務局にとってはあまり歓迎されない気もするし、そのあたりの温度感がよくわからないので、いつか事務局の人に会えるときがあったらそのあたりを聞いてみたいなと思っています。

 

 最近ですが、また引っ越しして職場を変えました。今まではわりと自由な社風だったので外食ばかりしていたのですが、新しい職場は昼休みきっかり一時間と決まっていて外食できる余裕がないので、お弁当を作って持って行くようになりました。出社ギリギリまで寝て自炊もしない生活習慣だったのが嘘のように毎日フライパン振っています。自分で作ったご飯食べていると嘘のように肌の調子が良くなりました。剣道にも行くようになったし。
 読んだ本では柚木麻子さんの「けむたい後輩」と「伊藤君A to B」は面白かったです。伊藤君~は映画になっていてそれは面白くなかった(というより当時の自分にはよくわからなかった)のですが、この本はダメ男の描写がいちいち「なんかこういう奴いるなぁ」というあるあると「うわあ、やめてくれえ」というドン引きを感じさせる妙がすごかったので、あっという間に読み終えてしまいました。