トマトは永遠のライバル

岡山県在住。うどんにコロッケを浮かべて食べています。日常や本、ムービーのことを書いています。

最近読んだ本とかマンガとか

2022/00/00

 マンガを読むとき、絵の線の太さやフキダシの形まで凝視する癖があるので内容がさっぱり頭に入らず、読了まで時間がかかり、眼も疲れるのであまり数を読んでこなかったのですが(マンガを楽しく読むのって、ある程度の勢いが必要というか、作者も勢いで読めるようにコマ割りや筆致を配慮しているはずなので、私の読み方はその解釈のうえでは正しいと言えない)、若い男の子が頑張っているマンガを突然読みたくなって「呪術廻戦」を一気買いして読み始めました。本屋に並ぶマンガの表紙のビジュアルが一番「少年っぽかった」だけの理由で買ったのですが、内容もちょうど私が求めている「少年っぽ」さがあって面白く読んでいます。やっと十七巻まで読めたよー。

 で、このマンガも線の強弱が激しいので、筆致をガン見しているうちに一冊読み終えるのに90分以上かかるわけですが、それなりに時間をかけて読むうちに作品自体に愛着が出てきて、そしてとうとう一人のキャラクターに思いを馳せるようになってしまいました。あるキャラクターにピーンときたと思うと、そのキャラが気になって気になって仕方がない。ここまで気持ちがざわついてしまうのも久しぶりで、目の前に紙とペンが目の前にあったらとんでもない創作物を生み出しそうな切迫感で、ほんとうにカルチャーは恐ろしいですねえ。

 

2022/00/00

 休日は自宅に籠城する筋金入りの引きこもりなので、用があって外出するときは目的さえ達成したら寄り道をせず自宅に引っ込んでいます(冗談だと思う人がいるのですが、ほんとうの話です)。別府に住んでいたときは周囲が活発だったからよく家から引っ張り出してくれたけど、最近はそういったこともなく、家で気楽に養生しています。

 その日は猛暑だったのですが、手持ちの本が心許なかったので、本屋さんに出かけました。残業で本屋さんが閉店するころに会社を出ることが続いたので、気がついたら読みたいと思う本が家になかったのでした。

 駅構内の本屋に繰り出し、そこに検温器があったので手の脈あたりをかざすと「HI」というデジタル文字が浮かび「気さくな挨拶をするのだな」と思ったけど、体温が37.8度以上の「HI」という意味であって決して挨拶の「HI」ではないと気がついて、猛暑で皮膚に熱を持っていたのかーと思う。ここでは向田邦子さんの再編エッセイが並んでいたので購入。ほんとうは『高慢と偏見』を買いたかったのだけど、いくら探してもなかったので別の本屋さんへ移動しました。

 別の本屋さんに移動して『店長がバカすぎて』と最近売れているらしい本を買う。この本は一章だけ読みましたが「つまらねえ本読ませやがって」という感想で、もしかしたら終章に向けて面白くなるのかもしれないのですが、今のところは本棚に積んでいます。『高慢と偏見』は結局家に帰ってアマゾンで買いました(新潮文庫から出ているのを買ったので『自負と偏見』と和訳されたタイトルでした)。

 

 

 

2022/00/000

自負と偏見」を読み終えて、あとがきを見るとなんと200年以上前の作品だということを知って吃驚しました。500頁以上あって読み応えもあり楽しんで読みました。教養ある主人公、高貴なヒーロー、狡猾な人、トラブルメーカー、身分問題、結婚、こういうの「LINEマンガ」や「小説家になろう」の異世界ジャンルに死ぬほど溢れている設定だよなあ…と読みながら考えていたのですが、今も昔も物語を楽しませる要素は変わらないのだなと思いました。そして多くの読者もその設定に安心して沼れる。私も然り。

 

2022/00/00

 ふと思い立って夏目漱石の「坊っちゃん」を読みました。明治とか大正とかに出された名著は時代の感覚や知識がなさすぎて読み進めないまま積んでしまうことがほとんどなのですが、これは注釈頁を往復しながらなんとか面白く読めました。赤シャツと野太鼓が坊っちゃんに聞こえるような声で「あの松の形はターナーの絵のようですねえ」「そうでげすねえ」と会話していて、「ターナーとは何のことだか知らなんが聞かなくても困らないことだと思った」と言うところに、教養人や学歴人間に対する皮肉めいたものを感じる。

 本をよく読んでいたのは金もなく暇をもてあましていた大学の4年間で、その頃は「人生で読める本は限られている」という変な気迫があり(周りの人がたくさん本を読んでいたのも理由としてある)、名著といわれている小難しい本もまあまあ積極的に読んでいました。岩波から出ている大江健三郎の短編集は、内容が意味不明だったのですが手元の読了メモを見ると読んだことになっているらしい。そのほかもいろいろ読んでいるみたいなのですが、正直もう10歳待ってから読んだ方が良かったなーと思います。そして夏目漱石は、じつのところ教科書に載っていた「こころ」と、短い「文鳥」くらいしか読んでいませんでした。「三四郎」は読まずに新品のまま売ったし。…また機会あれば読んでみたいと思います。